「親にされて嫌だったのに、子どもに同じことをしてしまう」
これは私自身が実感していることだし、何人もの人から聞きました。
Tさんは、小さいころから好き嫌いがはっきりしている人でした。
母親も自分の思いがはっきりしている人で、子どもの身なり、行動、言葉遣いについて、細かく指図しました。交友関係についてもいろいろ言ってきました。
Tさんが言う通りにしないと、母親はイライラしたり怒ったりしました。
「どうして私をこんなに苦しめるの」と、泣き出すこともありました。
Tさんは、家の中で、とても窮屈に感じていました。母親が留守だと、ほっとしていました。
親に干渉されるが嫌で、ずっと反発していました。
だから、人に干渉するのが、嫌いでした。
ところが、子どもができると、いろいろ干渉したくなりました。
子どもは自由に育てたいと思っているのに、つい干渉してしまう。
親に対して嫌だと感じていたのと同じことをしていました。
そのことに気づいて修正するのに長い時間がかかりました。
どうして親にされて嫌だったことを、子どもにしてしまうのでしょう?
頭ではやりたくないと思っているのに、やってしまう。
Tさんは、娘さんが小さいころ、とてもゆっくり歩くのにいらいらして、早く歩くように急かしました。
娘さんはそれに応じなかったので、頭にきて、一人でさっさと進んだそうです。
あるとき、Tさんは娘さんと連れて、「死海プール」に入る、子ども向けのイベントに参加しました。
娘さんは海水着を用意して行ったのですが、その場で、入りたくないと言い出しました。
Tさんは「これに入るために来たんだろう」と怒り、入るように迫り、娘さんはとてもつらい思いをしたそうです。
Tさんは当時を振り返って、「思い通りにしたい衝動に自分が突き動かされていた」と言います。
子どものペースや思いを尊重することができないほど、自分の欲求に支配されたようです。
衝動性や自己主張の強さには素質も関係していますが、子どもにどのように接するかは、自分と親との関係が色濃く影響しています。
親に自分の思いを尊重された人は、子どもの思いを尊重できます。
親の思いを押しつけられた人は、自分の思いを子どもに押しつけてしまいます。
仕事やつきあいでは人とうまくやっていけるのに、子どもとの関係になるとうまくいかない。
他の人の思いは尊重できるのに、子どもに対してはつい自分の思いを押しつけてしまう。
親になって「子どもとの関係」を生きるときに、「自分と親との関係」が自動的に作動するようです。
人の心には、意識(自覚)できる部分と、意識できない部分(無意識、潜在意識)があります。
親について嫌だと思っているのは、「意識」の部分です。
子どもに同じことをやってしまうのは、「無意識」の部分です。
子どものときに不快な経験を繰り返すと、とてもつらいので、忘れようとしたり無視しようとしたりします。
ところが、本当につらい経験は、忘れようとしても、消えずに残っています。
つらければつらいほど、心の奥深く(無意識)に残ります。
そして、長年忘れられていた記憶が、ある出来事に刺激されて、蘇ってきます。
Tさんの場合、子どもさんの歩くペースが遅かったり、やると決めたことをやらないと言い出したときに、Tさんが子どものときに親から「早くしないさい」「やると言ったことはやりなさい」と言われ続けていた記憶が蘇ってきたのでしょう。
すると、まるで自分の中にいる親が、娘さんに指図し始めるのです。
Tさんは、カウンセリングを通して、自分と子どもや他者の関係に、自分と親との関係が色濃く影響していることに気づき、少しずつ修正していきました。