期待することの危険

親は、子どもに期待することが、度々あります。

しかし、期待することには、大きな危険が潜んでいます。

辞書には、「期待」について、
「あることが実現するだろうと望みをかけて待ち受けること。当てにして心待ちにすること」
と説明されています。

期待する気持ちのことを「期待感」、期待通りにならないことを「期待外れ」と言います。

期待には、「実現することを強く望む」ニュアンスが含まれています。

自分自身に期待するときは、「欲求を実現する」のと、ほぼ同じ意味です。

ところが、自分以外の人に何か期待するときは、

相手は、「実現することを要求されている」と感じます。

親が子どもに期待するとき、子どもは圧力(プレッシャー)を感じやすいです。

期待されている内容が、子ども自身がやりたいと思っていたり、達成可能な範囲であるなら、子どもは、親に応援されていると感じるでしょう。

ところが、子どもの興味や関心、意欲が少なく、実現できそうにないと思っている場合、親の期待は、要求や命令になります。

親の期待に応えようと頑張る子どもにとっては、圧力(プレッシャー)になります。

子どもが、自分の希望や意志でやろうとしたときは、たとえ実現できなくても、がっかりしても、結果を冷静に受け止めることができます。

親の期待に応えようと頑張って、実現できなかったときは、自責の念にかられたり、罪悪感を抱いたりします。

そのために、なぜうまくいかなかったのか、冷静に振り返ることができません。

たとえ、親の期待に応えることができても、それから、期待に応え続けることになります。

親は、子どもが期待を叶えてくれたことで、さらに期待をかけます。

親が期待している内容が、子どもにとって実現可能な範囲であるなら、弊害は少ないのですが、

自分以外の人に期待するのは、基本的に、やってはいけないことです。

親の期待が過剰で、子どもが達成できないとき、親が落胆した気持ちを子どもにぶつけるのは、さらにやってはいけないことです。

この場合、子どもは、親に利用されたと感じます。

親の欲求を叶えるための道具にされていると感じます。

親に大切にされていないと感じます。

私たちには、自分が満たすことのできなかった欲求を、身近な人に実現しようとする心理があります。

特に、子どもに対して、無力な乳児期から育てているために、親の思い通りにしようとする欲求が強くなります。

親子や夫婦など人間関係が親密になればなるほど、相手に期待する思いが働きやすくなります。

自分と相手を分離する姿勢が求められるのではないでしょうか。